INTERVIEW

対話し、受け入れ、共創する。
伊那市に息づく”森のような学び”とは
教科の枠を超え、子どもたちが自ら見つけた課題を足がかりに学びを深める「総合的な学習」。
この時間が全国の学校で取り入れられるよりもずっと前から、伊那市の小中学校では豊かな自然やコミュニティを生かした学びの機会が多く設けられています。
「森といきる 伊那市」のスローガン発表後には、早速これをテーマに子どもたちと対話を重ね、取り組みへと発展させている伊那市立伊那小学校の木村仁志教諭に、いま伊那小学校で行われている「森のような学び」の実例と、学びのなかで見られる子どもたちの姿について聞きました。
「おしゃべりのように学べるといい」
──教室内には小屋を建てたり、馬と戯れたりする子どもたちの写真がたくさん掲示されていて、なんと窓の向こうには実際に愛らしいお馬さんが暮らしています。まさに伊那小学校のイメージそのままの教室です。
木村仁志教諭(以下、木村) はい。2025年に入学した一年仁組の児童たちはいま、中庭でミニチュアホースの「みにちゃん」の飼育を行っています。

ミニチュアホースの「みにちゃん」。みにちゃんが暮らす小屋も、主に児童たちの手によって建てられた
──伊那小学校の特色について、改めて教えてください。
木村 伊那小学校では「子どもは、自ら求め、自ら決め出し、自ら動き出す力を持っている存在である。」という子ども観に立ち、子どもの求めや願いに沿って展開できる総合学習・総合活動を教育活動の中心に据えています。そのなかで一年仁組ではみにちゃん、そして森や林のなかでの時間を軸として生活しながら学んでいるんです。
──森のなかでは、日々どのような学びを得られているんでしょうか。
木村 森のなかには昆虫、木の実、そのほか子どもたちが気になる学びがいっぱいあるので、森へ行くと子どもたちのほうから、「これ面白そう」「これなんだろう」の問いが生まれてきます。
そのあとに、気づきや面白かったことを発表し合う「おしゃべりの時間」を設けているのですが、一緒の体験をした子どもたち同士なので、こんな体験をしたよとか、話も一方通行ではない関わり合いのなかで盛り上がるんです。「今日はカニを捕まえたよ」と誰かが言えば「私は魚を見つけたよ」「僕は蛇をみつけたよ」「トンボが羽化していたよ」と、みんなで景色を作り上げていくようなおしゃべりが続いていきます。それは他の国語や算数などの学習にも同じような語り合いができていって、生かされていくんです。

みにちゃんの飼育をめぐっても多様な学びが生まれ、記録されていく
木村 この「おしゃべりの時間」では、あくまでも子どもたちの自然なおしゃべりの対話を大切にしていて、「手を挙げて発言しましょう」などといったルールはあえて求めません。「おしゃべりするように学べるのが良い」とは、私がこの学校に赴任して最初に教えていただいたことで。おしゃべりをしながら学ぶことで、同時に気持ちを開放できていくんだと思います。
──湧き上がる「おしゃべり」のエネルギーを損なわない場づくりによって、子どもたちのなかで自分の想いを言葉にし、対話する力が養われていくんですね。
木村 そうですね。加えて、面白かったものを文章にしたり、描いたりといった表現する時間をしっかり設けることが大切だとされています。感じることと、それを表現することをセットに森の時間をすごすことで、どんどん自分たちのなかの表現があふれてきているのを、様子を見ていて感じます。
大人が「待つ」ことで育つ力
──伊那小学校で大切にされている、子どもたちの「感じて、表現する力」を養うために必要な、大人の姿勢とは、どのようなものなのでしょう。
木村 伊那小学校には7年前に赴任しましたが、『伊那小学校の先生方は、子どもたちをよく見て、子どもたちが自ら動き出すことを待っていらっしゃるな』とすぐに感じました。
小学校の教育というと、「こうしましょう」と教師がクラスを引っ張る場面が多いと思いますが、ここでは子どもたちの学びをじっくりと待ち、子どもたちに合わせて日々の時間が流れていくんです。そのような、「大人が学びや育ちを待つ」姿勢が、子どもたちの自ら求め、自ら決め出し、自ら動き出す力を引き出しているのではないでしょうか。
──とても理想的だと改めて感じましたが、一方で学習指導要領など、「修得させなければならないこと」も控えるなかで、多くの学校が「待つ」ことを諦めているのかもしれないとも感じました。
木村 チャイムがない、決まった時間割がない、通知表がないなど、個性が注目されがちかもしれませんが、伊那小学校の「自主的な学び」ももちろん、学習指導要領に基づいたものです。そして、たしかに「学びを待つ」と、出だしは時間がかかるかもしれません。でも、子どもはたくさんの時間のなかで徐々に学び方が分かってくると、そこからの力が素晴らしい。どんどん自分から動き出し、学びの速度がどんどん上がっていくんです。

1年仁組の児童は33人。「たとえば『今日は森に行きたくないな』という児童がいればそれも受け止めて、別の過ごし方や、行かれる方法を相談します」
木村 また、伊那小学校では1・2年生はくらしを中核とした総合的な学び、3・4・5・6年生ではいわゆる教科の授業も増えていきますが、そのころには語り合う力や学び合う力がさらに上がって、一つひとつのことを真剣に考えられる子どもに育っていると感じています。
──なるほど、自分で会得した「学ぶ力」の胆力ですね。
木村 そうですね。そして教師側は、学びの進度をクラス全体としてでなく、一人ひとりの子の学びのあり方に着目することを大切にしています。一人ひとりの子の姿を、担任以外の先生とも積極的に語り合うのも特徴的かもしれません。「この子はどんな子なんだろう」とか、「どんなことにこれから興味をもって、この子らしい学びを進めていくのかな」とかいうことを、先生同士でも多く話し合っています。
加えて公開授業や学習研究など、伊那小学校は他校の先生方に授業を見ていただく機会も多いので、個を多くの大人の目で見守っている環境と言えると思います。
予測のつかない時代にこそ
森のような学びを
──昨年度、仁組では、「森といきる 伊那市」のスローガンを受けて、伊那市の森や人と関わる学びを展開していただくほか、ミドリナ委員会主催の「森JOY」にも合唱で出演されていましたね。
木村 「森JOY」では、子どもたちがつくった「みにちゃんの歌」を披露させていただきました。子どもたちに話したら、「やってみたい」と、非常に熱心に準備をしていたんですよ。また、自然の中での先進的な教育で知られるフィンランドの方々との交流や学びが今後も続いていきそうです。

「森JOYをふり返って」をテーマにした、子どもたちの作文が掲載された学級新聞
──伊那市では、学校の外にもさまざまな学びの機会がありそうですね。
木村 そうなんです。やまとわの中村さんと間伐材の勉強をしたり、炭焼きの専門家の方をお招きしたり、地域おこし協力隊の方とウッドデッキをつくったり、たくさんの方々に学校の授業にご協力いただいています。しかもそうした地域のみなさんも、伊那小の学びを理解されていて、「待つ」関わり方を実践してくださっているんです。
──素敵ですね。どのようなことがありましたか?
木村 いま思い出すのは、伊那の「やまとわ」さんに、間伐材の伐採を一緒に学ばせていただいたときのことですね。子どもたちがあとちょっとで木が倒れそうなときに、授業の終わりの時間となってしまったのですが、そんなとき通常であれば「授業が終わったから、あとはこちらでやっておくね」となりそうなところですよね。けれど「最後までやらせてもらっていいですか」という提案を、むしろ講師のみなさんの方からいただきました。
また、みなさん子どもたちに対して、「教えよう」というよりも「いっしょに学んでいこう」という姿勢で向き合ってくださるんです。答えは言わない、どうだろう、どうしたい?とちゃんと聞いてくださり、そこでも対話が生まれています。
──学校の先生だけでなく、地域の大人たちが伊那小の学びを理解されているんですね。
木村 はい。都市部の体験学習などではどうしても、遠くから先生を呼んで成功の状態を見せる、1回限りの出会いで終わってしまうところ、伊那市は地域に豊かな知恵をもつ先生がいらっしゃり、継続して関わってくださる。だから、必ず成功でなくていい、失敗もあっていい。そこからも学んだり、いろいろなことを考えたりできる本当の体験になるのだと思います。
──重ね重ね、伊那小学校や伊那市での学びの豊かさを感じます。
木村 「学力ってなんだろう」って、いろいろな先生方と考えたことがあるんです。以前、伊那小学校に講師としてご指導に入っていただいた牛山榮世(はるとし)先生という先生がお話しされたことは、「本当の学力というのは、お互いの考えの違いを受け入れて、共に生きていこうとする力。お互いが力が合わせて、いろいろな考えも受け入れながら、『どのように生きていくか』ということを生涯かけて培っていける力が本当に大事ですね」ということでした。
森のなかで、たっぷりとした空間の余白を感じながらみんなと対話しながら、それぞれが興味をもつことを語り合い、受け入れ合う時間は、予測のつかないこの先の時代を生きる支えにもなるような、本質的な学びに通じているのではないか。この伊那市の豊かな自然を生かしながら、これからも人との関わり、ゆっくりと考えていくことができる学びや育ちを支えていきたいです。
